唇が、覚えてるから

……適切な看護、のつもりだった。

でも。


私は……やりすぎだった?

患者さんのプライベートに入りすぎた…?


忙しく走り回るこの病棟の現実を知っている。

橋本さんの言うことが本当なら、ここまで気持ちを爆発させる気持ちも分からなくないけど。


私のしてたこと、間違ってた……?

患者さんのため……中山さんのためにしていたことは。

結局……中山さんの為にならないの……?


「今まで私たちが築きあげたものをこれ以上崩さないで。もし今後、実践以外で関わるようなことをしたら、担当から外れてもらうわ」

「でもっ…」

「まだ何か言いたいの?」


橋本さんは、呆れたように荒い息を放つ。

そして業を煮やしたように言った。


「いいわ。じゃあ教えてあげる。中山さんの息子さんのこと」


───息子さんのこと?


「タカシさんの……ことですか?」

「タカシっていうのは、息子さんの名前じゃないわ。別れたご主人の名前なのよ」

「えっ…」


そんなことも知らないで。

中山さんのこと、わかった風でいた。


結局。

実習生の私は、本当のことは何も知らなかったんだ。
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