唇が、覚えてるから
頭の中が沸騰寸前の私は、自分の立場も忘れ、
「あの、言っときますけど、面会は午後1時からになります。どうぞお帰り下さい。出口はあちらですっ!」
人差し指を、正面玄関に向かって矢のように突き刺したその時。
───ピンポンパンポーン。
ロビーに呼出音が響き渡った。
「産科病棟から連絡です。五十嵐琴羽さん。大至急病棟まで戻ってください」
……え。
や……ばい……。
稲森先輩の声だ。
サーッと血の気が引く。
低くて落ち着いた声だったけれど、それは莫大な怒りが込められているからで……。
鬼の形相が浮かぶのもちろん、金棒まで見える。
「アンタ、呼ばれてるよ?」
笑いを噛み殺した彼の指先。
【実習生 五十嵐 琴羽】
私の胸元につけられたネームプレート。
「………っ!」
私は猛ダッシュで産科病棟まで戻った。