唇が、覚えてるから
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「私達、付き合うことになったんです!」
───夜の病院に忍び込むなんていう悪事を犯すのはこれで二度目。
見つかったら大変。
でも、今どうしてもやらなきゃいけないことだから。
祐樹の腕を強引に引っ張ってやってきたのは、中山さんの病室。
驚いたように私を見る祐樹に気づかない振りをして、続ける。
「祐樹君、すごく男らしくて優しくてカッコよくて。中山さんの言った通り、一目見たら好きになっちゃいました」
『うちの息子なんてどうかしら』そういってお嫁さん候補にしてもらったことを踏まえ、私と祐樹が付き合うことになった……そんな設定で中山さんを喜ばそうと考えたんだ。
今までずっと祐樹のことを"タカシ"と呼んでいた中山さんだけど、私はあえて本当の名前で呼んだ。
中山さん……祐樹のお母さんは。
もう、殆ど喋ることも難しいのに、鼻から酸素を入れられた状態で、苦しそうにしながらも口元を緩めた。
久々の笑顔だ。