唇が、覚えてるから
「いいって。あの時の琴羽の言葉は何一つ間違ってないから。そんなヤツがいたら、俺だって同じ言葉言ってたよ」
「でも……。本当に諦めたわけじゃないよね?だって祐樹はっ……」
まだ、生きてる……。
瀕死の状態かもしれないけど、間違いなくまだ生きてる。
そう言おうとしたとき。
「親父だ……」
祐樹が斎場に目を向けた。
つられて振り返った瞳に映ったのは。
背の高い、細身の男性。
俯き加減に、中山さんのお兄さんと話している。
「お父さんっ…?」
祐樹が親父だと言ったその人は、とても憔悴していた。
中山さんの死はもちろん……祐樹の今の状況にとても胸を痛めている。
それが手に取るように伝わってきた。
「親父には、悪いことした……」
棒立ちでそれを傍観する祐樹。
真横に結んだ唇が、少し震えていた。
「行こうか」
祐樹が私の手を引く。
「………ん」
遠目にそんな光景をもう一度見て、私達はその場を後にした。