唇が、覚えてるから
「あー……」
外来の実習生と間違えられたのかもしれない。
どうしよう……。
すぐ戻らないと、また稲森先輩に叱られてしまう。
それでも、手にはファイル。
放り投げるわけにいかない。
今回は、弁解の要素はあるわけだし。
任されたお仕事は何でも引き受けよう。
気を取り直してファイルに目を落とした。
小林勝則さん、51歳。
廊下の長椅子には検査着を着た男性が座っていた。
この人がおそらく小林さんだろう。
「小林さん、こちらの部屋へお入りください」
2番の部屋のカーテンを開きながら声を掛けた。
「はい」
小林さんは短い返事をして私にについてくる。
中へ入ると診察台ベッドがあったので、そこへ座って待っててもらうことにした。