唇が、覚えてるから

でも、これはそれとは明らかに違う。


「看護師ってのは患者を癒すのも仕事だろ?だったら俺を癒してくれよ。なぁ?」


耳元でハァハァという荒い息づかいを感じる。


「………」


マズイと思った。こめかみに汗が伝う。

一人の夜道なわけじゃない。

叫んで突き飛ばせば、逃げられる。


でも。

小林さんは、もう先がないかもしれない患者さんで。

私は、看護師を目指す学生。


だから。

白衣の天使はそんなことしちゃいけない。

患者さんの要求に応えることは看護師の使命。

それでこの人が癒されるなら、私は我慢すればいい。


「……」


私がただひたすらにジッと耐えていると、それは次第にエスカレートして、指で膝の間が割られた。
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