唇が、覚えてるから

恥ずかしくて悔しくて。

強気になってそう言ったくせに。


「……ふっ……」


本当はそんな余裕なんてなかった。


「っ……」


一気に気が抜けて、そのまま床に座り込んでしまう。


あんな怖い経験、実習に出てから初めて。

失敗して先輩看護師さんに怒られるのより、ずっとずっと。

歯がカチカチと音を鳴らすほど震え、涙がジワジワ込み上げてくる。


「……こわ…かった……」


手の甲で目をゴシゴシこりながら、鼻をすすった。


「何でもやりゃあいいってもんじゃないだろ?」


ため息交じりの優しい声が聞こえ。


「嫌なことはハッキリ拒否すんのも大事だぞ」


彼は隣にしゃがみ、私の頭に手を乗せた。


「………」


すっごい上から目線で相変わらずムカつくのに。

……なんだかすごく安心した。
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