唇が、覚えてるから
「知り合いの見舞い。アンタに午後来いって言われたから今日出直して来たんだよ」
「そう……ですか……」
それでまたこんな風に会うなんて……。
「じゃ、俺行くからな。実習頑張って、タマゴちゃん」
「ちょっ…タマゴって!」
またそんな言い方っ……。
せっかく、ちょっといい人だって思えたところだったのに。
忘れかけていた昨日のことを思い出して、私は緩んでいた顔つきを変える。
「琴羽……だっけ?」
そのタイミングを見計らっていたかの様に、彼は私の名前を呼んだ。
「そう……ですよ…」
勢いを沈めて、軽く頬を膨らませる。
改めて名前を呼ばれると恥ずかしくてたまらなかった。
"琴羽"……だなんて。
彼氏だって出来たことないし、お父さんやお兄ちゃん以外の男の人に名前で呼ばれたことなんてないから。