唇が、覚えてるから

「M町って超ド田舎じゃん」

「そう、そのド田舎に、家族全員で……」


今でも鮮明に覚えている。

引っ越しが決まり、高校進学を真近にしていたお兄ちゃんがすごく荒れたことを。

あのときは、子供ながらにもそんなお兄ちゃんを見て胸が苦しかった。


……理由は、大切な彼女と別れることになったから。

私の、せいで……。


「琴……羽…?」


言葉に詰まった私を、祐樹が遠慮がちに呼ぶ。


祐樹になら話せると思った。

誰にも言えなかった、こと。


「……引っ越しなんてね、大したことない、なんて思ってたの」

「ああ」

「けどね、家族みんなの人生狂わしちゃった…って気づいたのはそれからしばらく経ってから……」


当時を思い出すと辛い。

本当に、色んなことがあったから。
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