唇が、覚えてるから
そう、一呼吸置いたあと、矢部さんが小さくボソッと呟いた。
「…あなたは………嫌いじゃない」
「……え?」
矢部さんの目は、それは今まで私に向けられたものとは違って、柔らかいものだった。
「本当は、あなたが羨ましかっただけなのかもしれない」
「私の……どこが……?」
私からすれば、矢部さんの手際の良さや頭の回転の速さが羨ましくて仕方ないのに。
「えっ!?どこどこ!?」
本気で首を傾げた私に。
「わからなければいいわ」
矢部さんは軽く言って流す。
それはそれで気になるけど……。
「……今日のことで目が覚めたわ」
いつも張りつめていた矢部さんの顔つきが、だんだんと高校生らしくなっていく。
幼く、純粋な……。
私はそれを察知して畳み掛けた。
「……看護師になるのやめるなんて嘘だよね?だって、矢部さんみたいな優秀な人が、ここでやめるなんてもったいなさすぎるもん」