唇が、覚えてるから
今度私が担当することになったのは、脳腫瘍の末期の患者さんだった。
中山幸子さん。49歳。
10年くらい前に旦那さんと離婚をして、現在同居の家族はいない。
もうこれ以上の手術は出来なくて、静かに最期のときを待っている。
今ではもうお見舞いに来る人も、あまりいないみたい。
「今日から担当させて頂きます。五十嵐琴羽ですっ!」
いつものように挨拶した。
けれどいつもと違うのは、患者さんが無表情で反応がないこと。
戸惑う私の隣では先輩看護師の橋本さんが、私が実習生であることなどを説明していた。
「……っと。ではまず検温をさせていただきますね。失礼します…」
どんな患者さんにも、笑顔で。
───とその時。