唇が、覚えてるから

大学病院の産婦人科には、多胎や切迫流産・早産など、リスクを抱えた妊婦さんが多く入院している。

新しい命を待ち望みながらも、不安の日々。

そんな不安を少しでも取り除けるように、日々笑顔で接するように努めている。


新生児の沐浴や、授乳のお手伝いもさせてもらっている。

赤ちゃんは可愛いし、真理とは逆に癒される日々。


「おはよう。今日も五十嵐さんは朝から元気がいいわね」

「五十嵐さんが来ると、ここが明るくなるわ」


看護師長と主任さんがにこやかに挨拶を返してくれる。


「それだけが取り柄なんです!今日も一日よろしくお願いします!」

「しっかり実習してね」

「はいっ!」


……視線を感じた。


チラリと見ると、嶺西学園から実習に来ている矢部さんだった。

作業の手を止めて、感情の読みとれない目で私を見ている。
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