唇が、覚えてるから

「私もお会いしてみたいです」

「あら、毎日来てくれてるわよ。タイミングが悪いのねぇ」

「ですね。実習5時までなんで。今度こっそり残ってましょうか?」

「そうしたらいいわ。ねえ、五十嵐さんてお付き合いしている方はいるの?」

「まさかー。そんな人いませんって!」

「なら、うちの息子なんてどうかしら。是非お嫁さんに来てほしいくらい」

「またまたー」

「ほんとよ。気立てが良くて、理想のお嫁さんだわ。ふふっ」

「私、面食いですよ?」

「あら。それなら大丈夫よ。あの子かっこいいから」

「ぷっ」

「身長だって、私より30cmも高くてモデル体型よ。あなたが見たら、一目で恋に落ちちゃうんだから。それにね、ものすごく優しいのよ」


息子さんの話をしている時の中山さんは、本当にいい顔をしていた。

病気のことなんて、すっかり忘れているみたいに。


祐樹の言った通り。

私が最後のひとりになったとしても、中山さんのことを信じ続けよう。

いや、信じたい。

中山さんを知れば知るほど、その想いが強くなっていった。

ずっとこうして笑って話がしていたい……笑っていて、欲しいから……。
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