唇が、覚えてるから

「……うん?」


さっきから中山さんの息子さんの話ばかりして、もしかして、妬いたとか?

……まあ、妬く筋合いはないか……。


それでも、なんだか心がくすぐったい。

嬉しさを抑えるように、下唇を少し噛む。


でも……。

こんな話してても。

その息子さんはもう亡くなってしまっている。


現実に帰ると、悲しくなる。

所詮私は、架空の話に付き合っているわけで。

楽しさの後には決まってさみしさが襲うから……。


「そうだ、この間の続き」


沈みかけた気持ちをとどまらせて、また顔を上げた。


思い出したんだ。

柏原さんの出産で途切れてしまった会話のこと。


「ん?」


祐樹は軽くほほを上げて私に向き直る。


「祐樹の夢……。患者さんの出産で、まだ聞いてなかったから」

「あ……」
< 93 / 266 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop