砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
彼の名前を知ったということは、リーンが口にしたか、あるいは、このドゥルジがリーンの心を読んだということになる。それはリーンのサクルに対する信頼が揺らいだ証。

リーンの愛情をわずかでも失うことは、サクルにとっても窮地だが、リーンにとっては……。


(マズイ。それはマズイぞ……)


リーンがサクルよりスワイドを信じれば、彼女の護身用にかけた呪文の効力が、すべて失われてしまう。

そうなれば、矢の前で震える野うさぎ同様だ。リーンはなす術もなく、スワイドの餌食となるだろう。


サクルは足もとが揺らぐのを感じていた。

十代前半から長く戦場に身を置き、危機に陥ったことも二度や三度ではない。どんなときも顔色ひとつ変えずに乗り越えてきた“狂王”が、初めて恐怖を感じたのだ。

それは、リーンを永遠に失うかもしれない、ということ。


(ドゥルジの力を借りたとしても、スワイドがそう長く生きられるはずはない。あの男ならリーンの身体だけでなく、命まで奪うはずだ。――リーン……リーン、どこだ? どこにいる? オアシスの近くに気配はある。なのに、なぜ返事をせぬ!!)


サクルは目の前にいる悪魔の存在も忘れ、リーンの意識を追うことに集中した。


そのとき――。


「陛下!!」


アミーンの声が間近で聞こえた。

彼は剣を振るい、襲いかかるドゥルジの黒い髪を斬り落とす。

しかし、それは鞭のようにしなりながら迫り来る先ほどの攻撃とは違った。矢のような長さとなり、間断なく打ち込まれてくる。


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