砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
「リーン! わたくしが声を掛けているのに無視するなんて、どういうつもりなのですっ!?」


甲高い声が室内に響き、リーンはハッとして身体を起こす。

振り返ると、部屋の中央にひとりの女性が立っていた。

いや、女性というより少女。少女らしいふっくらとした頬、オリーブ色の肌、黒い髪は緩く波打ち背中の真ん中あたりまである。

そして何より目立つのは、透き通るような青い瞳。

ただ、見た目は可憐な美少女だが、中身はサクルの言葉を借りるならサソリ(アクラブ)と呼んだほうがいいのかもしれない。


「レイラー王女、どうしてこちらに?」


リーンがそう尋ねた途端、レイラーは目を剥き叫んだ。


「“さま”はどうしたの!? お前のような卑しい生まれの娘に、このわたくしが呼び捨てにされるなんて!」


レイラーはそう言うが、先日、うっかりサクルの前で『レイラーさま』と呼んでしまい、怒られたばかりだ。


『癖だろうが許可しない。私の正妃がバスィールの王女ごときに敬称をつけるなど許さん! レイラー、姉妹とはいえお前がリーンを呼び捨てにすることも、だ。相応しい敬称をつけられぬなら、砂漠に叩き出すぞ』


すぐには慣れないので、せめて『王女』をつけることは許して欲しいと願い出た。

リーンには許してくれたが、レイラーには断固として『シーリーン様』か『正妃様』と呼ぶように命じていたはずだ。


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