砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
ふいをつかれ、スワイドはよろける。


シャーヒーンはじっとアミーンの目を見つめていた。


――この男を信用してはいけない。


耳ではなく、頭の中に声が響いた。


その声の主がシャーヒーンであることは間違いないと直感した。

アミーンは何も言えず、食い入るように彼女の瞳をみつめ返す。

言葉では言い表せない、この世のものではないような透明で不思議な色の瞳をしている。髪は銀髪かと思っていたが、見事な白髪だった。それも老婆の白髪とは違い、艶のある純白と呼ぶのが相応しい髪。

これまで目にしたことのない清麗さに、アミーンは窮地も忘れて見惚れてしまう。


「女の分際で……お前から先に殺してやる!」


狂気を含んだスワイドの声に、剣を抜く余裕はなかった。


「シャーヒーン殿!」


アミーンは彼女に飛びつき、そのまま胸の中に庇う。

すでに失くしていたはずの命だ。恩ある国王のために死ねなかったのは残念だが、侍女を助けて死ぬのであれば、許してもらえるかもしれない。

だがそのとき、アミーンは信じられないものを目にする。


正面の浴槽から何かが飛び出してきた。

その塊が、噂に聞く“水竜(スウバーン)”であると気づいたのは、それがスワイドを支柱の近くまで吹き飛ばした後のことだった。


< 48 / 134 >

この作品をシェア

pagetop