砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
「キャッ」


手で顔を覆ったリーンにサクルの声が聞こえる。


「案じるな。あの高さなら即死はあるまい。だが……」


リーンは塀に手を掛け、どうにかよじ登ると外を見下ろした。

大した高さではない、とはいえ、落ちて無事に済む高さとも思えない。リーンなどには見ているだけで眩暈を感じるほどだ。

だが、サクルの言ったとおり、スワイドが命を落とした様子はなかった。

彼は幸運なことに足から落ちたらしく、腰の辺りまで砂に埋まっているくらいか。問題はその場所が、非常に危険な流砂の谷だった。


「うわぁ! 誰か……誰か助けてくれぇ」


大きな声で叫んでいるところを見たら、怪我もないようだ。


ふと気づけば塀の上に両腕を組み、平然と立つサクルがいた。

スワイドを軽蔑のまなざしで見下ろし、言い放つ。


「スワイド、貴様が東の大国の代表であった大使を殺し、本国で投獄されそうになったことは知っている。大公は貴様から王子の身分を剥奪した。我が国で見つけしだい確保して欲しいと言われていたが……お前は私の宮殿を罪で汚した。このまま帰す訳にはいくまい」


“保護”の言葉が“確保”に替えられたとは知らず、リーンはサクルを見上げて頼んだ。


「陛下……お怒りは充分に承知しております。投獄もやむを得ないかもしれません。せめて、バスィールに引き渡してはいただけませんか? このままでは……」


サクルの指先ひとつで、スワイドは砂の中に埋もれていくだろう。


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