砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
しかし、実体を持たぬ影のようにスルリとすり抜けていく。

サクルがふたたびシャムシールを構えたとき、影はふたたび形を成し、遥か向こうに立っていた。

遠目にも赤い瞳をギラギラと光らせ、長い舌で唇をペロリと舐めながらドゥルジはこちらを見ている。髪は中途半端に切れてしまったが、本人も気になったのだろう。スルスルと伸び始め、あっという間にもとの長さに戻った。

以前、アミーンの異母兄であるカッハールの身体を乗っ取り、リーンを攫ったドゥルジとは別の個体らしい。今回は非常に扇情的な女の形をしていた。


「なるべく似せたつもりだったのにねぇ。さすが、王様の目はごまかせないってことかしら?」


長い髪を後ろに払いつつ、腰をくねらせ、半開きの唇を指先でなぞる。どこで覚えたのか、見事なまでに男を煽る仕草だ。

アミーンなどは悪魔と理解しつつも、剣を抜くのも忘れ、腰を引く始末である。


サクルは舌打ちして、


「アミーン! このドゥルジ相手に男根を雄々しくしたときは、私の剣で斬り落とされると覚悟せよ!」


そう怒鳴りつけた。

アミーンは一瞬で我に返り、「は、は、はい」と震える声で返事をする。


「まあ、いやだ。怖い王様だこと」


ドゥルジは甲高い声で笑い、顎をしゃくるようにサクルを見て言った。


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