①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
因果と怨恨
『異質な男』
「――どうも、はじめまして。僕は、灰川倫介(はいかわりんすけ)といいます」
事務所というからにはやはりスーツなのかと考えていたのだが、なんということはない。黒いジーンズに、白いワイシャツ。線の細い体の一番上には、波の様なクセを見せる繊細な『海洋植物』が乗っかっていた。
顔立ちは整っているようなのだが、理由のわからない近寄り難さがそこにはあった。伊達なのか判別できない眼鏡に触れながら、少し気だるそうに会釈をかわす。
「どうぞ? おかけになってください」
「あ、ハイ」
私達は数箇所ほど、小さな裂傷が見当たる黒いソファーに腰をかけた。
「それで? 柚子さん、お話とは?」
「実は、お仕事の依頼なんです」
「……。一応、聞いておこう。被害者はどなたでしょう?」
「私、です」
私が、声に出した瞬間――。
目の前の、それまでは無関心にさえ見えた灰川さんの視線が痛いくらいに鋭いものとなった。私は思わず息をのんでしまう。
「あなたのお名前は?」
「瑞町夕浬(みずまちゆうり)です」
「……そうですか。なるほど。ふーん。あー。……では、そちらの方は?」
「俺は岡田怜二(おかだれいじ)です。夕浬の彼氏で、実際にその、現場に立ち会いまして」
「僕への依頼は、『仏滅』ですか?」
「あ、はい。そうです」
「残念ですが、僕には『仏滅』はできません」
「はい?」
何を言い出すのかと、怜二がトーンの外れた声をあげる。
「あれは頭丸めて、難しい経文読まないといけないんです。嫌なんです、そういうの」
「えっと」
「僕には、そういうことが出来るような特殊な力はないです、……できるのは、ただ『はらう』ことだけですかね」
「祓う?」
「違いますね、岡田さん、今『お祓い』の方の漢字を考えたでしょう」
灰川さんはおもむろに胸ポケットから手帳を取り出すと、ボールペンで『掃除』と書き始めた。……掃除?
「こっちです」
――掃う……?
「は、はぁ」
「しかし、まぁ、うん。これは細かいことです。アプローチの仕方は違っても、実際には大差ないかもしれませんね。恐らく私の方法のほうが有効でしょうが」
眠たそうな目を天井に向けながら、それがさも当然のことであるかのように、彼はさらりと口にする。
根拠の感じられない自信と、そう思わざるを得ない。私達は実際にアレを見ている。彼の言う事には信憑性が感じられなかった。
それに、この人――……?