①憑き物落とし~『怨炎繋系』~

『たすけて』

『生まれそうでうごけない』

『許せない』

『なんで』

 ――声は、怖気が立つほど低いものだった。祖母は考えるよりも先に、消防士を振り切って母の元へと急いだ。そして、燃え盛る部屋に飛び込むと、風呂場で既に黒い塊となっていた母が手を伸ばしていた。

「たず……げデ」
 祖母は原形を保っていない母に駆け寄ると、その瞬間に母は白目を向き意識を失った。いや、死んでしまった。祖母は喉が裂ける程に叫んだ。しかし、絶命したはずの母の下で何かが蠢いているのを見た。『私』だった。

  母は、自分で出ようと、強引に生まれてきてしまった私のせいで胎盤と子宮を破裂させ、体の自由を奪われていた。私は、まだ火の届いていない母の体の中で、 消え入りそうな命を繋いでいた。祖母は炎の中で私を取り上げた。消防士が突入し、祖母と抱きかかえている私を救出した。へその緒は、すでに焼ききられてい た。

 祖母は、事実を語った。私に罪悪感を生まないように、細心の注意を払ったのだろう。普通ならば私にそのような感情は生じない。しかし、なぜ なのか、祖母が語る過去のシーンが、まるで古いフィルム映画のように、掠れながらもそのイメージが鮮明に浮かび上がってきてしまうのだ。

 私は、 不真面目な父と母の間に生まれたとされているが、実際のところは、母も同じように遊んでいたらしく、私は実際のところ、誰の子なのか断定できないらし い。……そんな母が私を身ごもった時、泣きそうな顔をしたのだと、問い詰めた父からはそう聞いた。父は、今もまだ最低の人間で、開き直って私に真実を伝え た。

 私は、高校を卒業すると同時に家を飛び出た。
 自分の居場所なんて最初からなかった。実家には悲しみが。家庭には憎しみが。だから、ここから先は私独りでも生きていく。強くならくちゃいけない。例え、私が望まれずして生まれ、母を殺したのだとしても、生き抜かなくてはならない。

  『今の母』は、恐らく私への同情から金銭の援助をしてくれているのだろう。愛を知らない私も、大学に入って怜二と出会えた。私を気遣い、思いやる怜二に頼 れる私は、落ち着いてきた証拠だろう。その分、私は弱くなったのかもしれない。でも、怜二の隣にいれて、柚子と笑うことができて。そんな今の暮らしが、何 よりも大切だ。何も失わずにいたい。失うのならば、せめて。せめて罪深い私の命だけにして欲しい。


 ――記憶。

 私の、記憶。


 今までどこかにしまわれていた、私の過去。

 失ったはずの意識は、そこまで過去を振り返ったところで、少しずつ戻り始めた。瞑っていた目を開ける。細い視界は、瞬く間に一気に広がった。



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