①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
プロローグ
―ああ、まただ。動かない。全く。
私は唯一自由の届く瞼をきつく閉じ、それがおさまるのをただひたすらに待つ。1時間? それとも3時間? はかれない時の経過を、闇の景色の中でわずかでも加速することを祈る。
「ア……アア」
来た。
来てしまった。
「…………ぁアぁぁァ」
加速する鼓動に触発されるように、込み上げる恐怖は私を犯していく。
空気が変わった。『アレ』が、すぐ側にいる。不意に質の違う、冷たいような生あたたかいような、そんな淀んだ粘着質の風が、私の前髪をわずかばかり動かした。……焼けた肉の臭いがする。本能的に、アレの吐息だと理解する。
額にのっぺりと、湿った髪が数本垂れかかる。
厭な圧力が、私の顔面に押し寄せた。
私は、全力で目を開けない努力をした。故に、視界は全くの闇。で、あるにも関わらず、その闇のずっと遠くから、厄介な想像力が、拒絶する存在を透写し始めてしまう。
それは本当に、本当に、厭なものだった。まるで見えているかのように存在感があり、生々しく、本当に、そこに――……。
――目の前ににいるかのようだった。
私は気が触れるという感覚を瞬間的に理解した。
「いや……厭厭厭厭厭厭」
動かない口に代わって、脳内で機械のように同じ言葉を連呼する。
処刑間近の死刑囚ような心地だった。
そして、新しく理解する。
想像の作り出したはずのモノの髪が私の目に触れ、反射的に瞬きをしてしまったのだ。
――待って。
――なぜ、触れる? 目を閉じているはずなのに。
――答えは、ひとつだ。
ずっと、私は目を開けていたのだ。
……いや、それも少し違う。
体温の無い、奴のどす黒い指が、力ずくで私の目を抉じ開けていたのだ。
ずっと、ずっと前から――――。