①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
『獣』
――――「それでも……それでも本当にお前は夕浬の母親かよ!! 糞野郎が!!」
蹲り、のたうち回っているあの黒い化物に、岡田が叫ぶ。
その声を聞いた瞬間だった。
化物は苦しむのをやめ、素早く立ち上がると、目にも止まらぬ速さで地面を四足獣のように這い進む。岡田に密着すると、一気にそ の首を玩具のように捩じ切った。
――スプリンクラーのように、鮮血が床に歪な円を描く。
岡田の首はコロコロと地面を転がると、だんだんその声を弱めていった。
僕は肉体の力が抜けていくのを感じた。
炎上する屋内で、酸欠になったからではない。凄惨な『死』の瞬間を目撃してしまったからである。その劇薬のような光景は、過去の……忌まわしい記憶を呼び起こす。忘れたくても忘れられない、地獄の記憶を――。
間に合わなかった。
黒く、焼けただれた肉塊へと、岡田が変わり果てていくまで、そう時間はかからなかった。助けることが、できなかった……。
化物は、岡田を焼きつくすと、こちらを向く。
――もはやここまでか。
僕は覚悟を決めた。
もとよりこうなる可能性も考慮してはいた。
コイツが『媒体』を捨てた時から、命がけの戦いは始まっていたのだ。 普通の地縛霊はこんな行動はしない。
……こいつは異常のなかの異常。
死をまき散らす狂った化物だったのだ。力及ばず、か。それも仕方ないだろう。もう少し だったのだが。コイツのほうが上手だったと。まぁ、そういうことだ。
「――ろろろろっろおろろろろろ」
しかし、なぜか化物はこちらに来ない。
むしろ 後退している。
何がおきているのだろうか。
……いや、待て。奴の腹部に、傷がある。僕は辺りを見渡す。隅に歪曲したナイフが落ちていた。
これは、まさか、岡田が?
――『異質』。
そうか、さきほどコイツが苦しんでいたのは岡田に手傷を負わせられたから。……こいつは今、岡田のように手の内が読めない 僕に『脅威』を感じているのか。
――覚悟を決め、潔く地獄の苦しみを受け入れる僕は、わけのわからない生き物に映るというわけか。……しかしこんな程度ではハッタリにもなっていないだろう。現に岡田は屠られてしまった。根源は、そういうことではない。なら、なぜ。なぜそこまで。
……まさか、すでに僕は奴の正体を暴くためのピースを全て持っているのか……?