①憑き物落とし~『怨炎繋系』~
「――瑞町さんに、責任はありません」
不意に、私の耳に静かな声が届いた。
「僕の力が至らないばかりに、こんな結果になってしまった。本当に申し訳ない」
「灰川さん……そんなことはありません。責任は全て私にこそあります。全ての諸悪の根源は私自身の存在に関係している。そうなんでしょう?」
「瑞町さん、あなたは史上類をみない程に特別な意味をもつ存在なんです。この一連の事件は根深く全ての運命を巻き込んでいる。……もう、ここで断ち切りましょう。決着をつけるんです」
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
様々な感情が入り乱れ、うねりあげている。破裂しそうだ。
半ば放心状態に近いのに、嵐のような激流を巻き起こす私の心が、打開できない絶望的な現状をなによりも物語っている。
今はとにかく、胸の内を落ち着けるようにつとめる。そうしているうちに体の感覚が、少しづつ戻りはじめた。
「……体中が、いたい」
「かれこれ、もう丸一日ほど経っています」
私は病室のベッドの上で点滴に繋がれ、両手、両足、至る所に包帯が巻かれていた。顔や頭も例外ではない。皮膚の表面は、火山岩のように歪んでいた。
はは……これじゃあの化物と変わらないじゃない。
――これは罰なのだろう。
罪深い私への、ごく自然なあたりまえの罰。
「その火傷は、普通のものではない。『呪い』です」
そう言いながら灰川さんも同じように、黒く醜く焼けただれている左腕をみせる。
「僕も奴に掴まれたときにその呪いを受けました。この火傷がある限り、僕たちはもうどこにいても奴に感知され、追い続けられる」
「もう、逃げられないんですね……」
「ええ」
「……なら、潔く呪われて、死にましょう。あんな途方も無い化物、どうすることもできないし……それにどのみち、私にはもう生きていく気力も、意味も、もう――」
「あなたは、岡田さんの最後の言葉をもう忘れたのですか?」
「……。でも、あいつからは……」
「逃げられない。でも、こちらも迎え撃つ準備はできています」
「え……?」
「むしろ、虫に息なのは奴のほうだ。消滅の運命を知っていても尚、ここにやってくるしかないのだから」
ボロボロに傷ついた体で、彼は自信に満ちていた。
あの怪物をこの人も見たはずだ。あまつさえ、奴の呪いすらその身に受けているのだ。わかるでしょう?
この傷を通して厭でも理解させられる。あの化物の底なしの悪意と、絶望を。それなのに、どうして……?
……最初から、最後まで。
この地獄のような非常事態の中を、彼は平常運転で進んでいく。
――そうか。
そうなのだ。
この人だけは、最初から信念を貫いていた。
自分を『異質』と解きながら。
ただ、自分のすべきことを一直線に。
「もうすぐ、夜が最も濃くなる。丑三つ刻です。……きてます、もうすぐそこまで」
不意に、私の耳に静かな声が届いた。
「僕の力が至らないばかりに、こんな結果になってしまった。本当に申し訳ない」
「灰川さん……そんなことはありません。責任は全て私にこそあります。全ての諸悪の根源は私自身の存在に関係している。そうなんでしょう?」
「瑞町さん、あなたは史上類をみない程に特別な意味をもつ存在なんです。この一連の事件は根深く全ての運命を巻き込んでいる。……もう、ここで断ち切りましょう。決着をつけるんです」
私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
様々な感情が入り乱れ、うねりあげている。破裂しそうだ。
半ば放心状態に近いのに、嵐のような激流を巻き起こす私の心が、打開できない絶望的な現状をなによりも物語っている。
今はとにかく、胸の内を落ち着けるようにつとめる。そうしているうちに体の感覚が、少しづつ戻りはじめた。
「……体中が、いたい」
「かれこれ、もう丸一日ほど経っています」
私は病室のベッドの上で点滴に繋がれ、両手、両足、至る所に包帯が巻かれていた。顔や頭も例外ではない。皮膚の表面は、火山岩のように歪んでいた。
はは……これじゃあの化物と変わらないじゃない。
――これは罰なのだろう。
罪深い私への、ごく自然なあたりまえの罰。
「その火傷は、普通のものではない。『呪い』です」
そう言いながら灰川さんも同じように、黒く醜く焼けただれている左腕をみせる。
「僕も奴に掴まれたときにその呪いを受けました。この火傷がある限り、僕たちはもうどこにいても奴に感知され、追い続けられる」
「もう、逃げられないんですね……」
「ええ」
「……なら、潔く呪われて、死にましょう。あんな途方も無い化物、どうすることもできないし……それにどのみち、私にはもう生きていく気力も、意味も、もう――」
「あなたは、岡田さんの最後の言葉をもう忘れたのですか?」
「……。でも、あいつからは……」
「逃げられない。でも、こちらも迎え撃つ準備はできています」
「え……?」
「むしろ、虫に息なのは奴のほうだ。消滅の運命を知っていても尚、ここにやってくるしかないのだから」
ボロボロに傷ついた体で、彼は自信に満ちていた。
あの怪物をこの人も見たはずだ。あまつさえ、奴の呪いすらその身に受けているのだ。わかるでしょう?
この傷を通して厭でも理解させられる。あの化物の底なしの悪意と、絶望を。それなのに、どうして……?
……最初から、最後まで。
この地獄のような非常事態の中を、彼は平常運転で進んでいく。
――そうか。
そうなのだ。
この人だけは、最初から信念を貫いていた。
自分を『異質』と解きながら。
ただ、自分のすべきことを一直線に。
「もうすぐ、夜が最も濃くなる。丑三つ刻です。……きてます、もうすぐそこまで」