愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(1)冷たい手錠
小平警察署――玄関脇にある赤色灯の下を通り抜け、ふたりの人影が警察の駐車場に向かった。
雲の切れ間から弦月が顔を出し、彼らの姿を映し出す。
前を歩く男性は三十代半ば、細身のすっきりした容姿で薄茶色のスーツに亜麻色のネクタイを締めている。かなりの長身だろう。
そんなスーツ姿の男性よりさらに長身で横幅もある男が、後ろをとぼとぼと歩いていた。
七月半ば、蒸し暑い夜に相応しいランニングシャツを着て、下は擦り切れたジーンズとスニーカー。その対照的な格好から、彼は二十歳前後の学生に見えた。
「悪かったな。大変なときなのに……迷惑かけちまって」
「いえ。休職中ですからね。毎日、暇を持て余しています」
宗は間もなく手放す予定の愛車RX-7のドアを開けながら、冗談めかして答える。
宗行臣、日本最大のコンツェルン藤原グループ社長・藤原卓巳の個人秘書を務めていた。
……が、現在はわけあって休職中だ。彼を呼び出すのは気が引けたが、太一郎には他に頼れる人間がいなかった。
「ご自宅まで送りますよ。乗ってください」
「いいよ、歩いて帰れる距離だから。それより……このこと、できれば卓巳には報告しないでくれないか」
「……太一郎様」
「卓巳が聞いたらさ、俺ならやりかねないって言うだろうし。それに……」
卓巳は太一郎にとって血の繋がった従兄である。誰が見ても優秀で有能な上に誠実という、完璧な男だ。そう、太一郎とは比べ物にならない。考えれば考えるほど、太一郎は自分がクズに思えてくるのだ。
藤原太一郎(ふじわらたいちろう)、現在は父の旧姓を名乗り、伊勢崎太一郎(いせざきたいちろう)という。
彼はこの日、初めて――手首に冷たい手錠を嵌められたのだった。
雲の切れ間から弦月が顔を出し、彼らの姿を映し出す。
前を歩く男性は三十代半ば、細身のすっきりした容姿で薄茶色のスーツに亜麻色のネクタイを締めている。かなりの長身だろう。
そんなスーツ姿の男性よりさらに長身で横幅もある男が、後ろをとぼとぼと歩いていた。
七月半ば、蒸し暑い夜に相応しいランニングシャツを着て、下は擦り切れたジーンズとスニーカー。その対照的な格好から、彼は二十歳前後の学生に見えた。
「悪かったな。大変なときなのに……迷惑かけちまって」
「いえ。休職中ですからね。毎日、暇を持て余しています」
宗は間もなく手放す予定の愛車RX-7のドアを開けながら、冗談めかして答える。
宗行臣、日本最大のコンツェルン藤原グループ社長・藤原卓巳の個人秘書を務めていた。
……が、現在はわけあって休職中だ。彼を呼び出すのは気が引けたが、太一郎には他に頼れる人間がいなかった。
「ご自宅まで送りますよ。乗ってください」
「いいよ、歩いて帰れる距離だから。それより……このこと、できれば卓巳には報告しないでくれないか」
「……太一郎様」
「卓巳が聞いたらさ、俺ならやりかねないって言うだろうし。それに……」
卓巳は太一郎にとって血の繋がった従兄である。誰が見ても優秀で有能な上に誠実という、完璧な男だ。そう、太一郎とは比べ物にならない。考えれば考えるほど、太一郎は自分がクズに思えてくるのだ。
藤原太一郎(ふじわらたいちろう)、現在は父の旧姓を名乗り、伊勢崎太一郎(いせざきたいちろう)という。
彼はこの日、初めて――手首に冷たい手錠を嵌められたのだった。
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