愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
四つ目の扉の前で彼は立ち止まる。

ドアには掠れた文字で『二〇五』と書かれたプレートが下がっていた。

大家の方針か、このアパートには四号室がない。そしてナンバープレートの上に『伊勢崎』の名前が――。白い紙にサインペンで書かれ、無造作に貼ってあった。


(次の仕事……か)
 

理由はどうあれ、次の仕事があるのはありがたい。これ以上、宗の世話にならずに済む。


太一郎はポケットから取り出した鍵でドアを開ける。

時刻は〇時近く、携帯は警察に取り上げられていた間に充電が切れていた。確認はできないが、おそらく何度も電話したであろう。

眠っているかもしれない、と太一郎はなるべく静かに玄関に入り、ドアを閉めた。


「お帰りなさいませ、太一郎さん」


小柄な女性が両手を胸の辺りで組み、大きめの瞳を潤ませて太一郎を見上げていた。一八〇を超える太一郎とは、三十センチ近く差があるだろう。髪はようやく出逢ったころの長さ……背中の真ん中辺りまで伸びている。

だが、昔に比べると艶がなく、生活の苦しさを思わせた。

そんな彼女の身体で一番変わった部分は……やはり、丸みを帯びた腹部であろう。 


「起きてたのか? 悪かったな、連絡できなくて……人に頼むわけにもいかなかったから」

「いいえ。さっき、社長の奥様とおっしゃる方がいらして……太一郎さんが誤解で警察に連れて行かれた、と。でも、すぐに戻って来るから、と教えてくださいました。太一郎さんにお怪我がなくて本当によかった。社長の奥様も、親切な方ですね」


遠慮がちに彼女は微笑んだ。

郁美に対する評価は、太一郎としては言及を避けたい。


「そうか……他には? 何も言わなかったか……奈那子」


チェーンをかけスニーカーを脱ぎながら、太一郎は笑顔らしきものを作った。


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