愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(26)彼女の選択
時間は少し遡る。


太一郎が始発で戻ると言い残し、出て行ってから半日が経つ。その間、奈那子はずっと太一郎の身を案じ続けていた。

彼女は何度も、太一郎から渡された婚姻届をみつめ、嬉しさを噛み締める。

その反面、ひょっとしたら茜という女性に会って気が変わったのかもしれない。そう思うと胸が締め付けられた。あるいは、奈那子の父・桐生に見つかり、先日のような酷い目に遭わされているのではと不安も湧き上がる。


「ねえナナちゃん。じっと待ってないで、買い物にでも行こうか? 太一ちゃんが帰るまでに、美味しいもんを拵えといてやろう」

「――はい」


ときに促され、奈那子は気持ちを切り替えてにっこりとうなずいた。


一度太一郎と離れたとき、奈那子は二度と逢えないことを覚悟した。

迎えに行く、という約束が果たされる日はないのだと、彼女にもわかっていたのだ。それでも、信じたかった。夢を見続けたかった。

最初に太一郎に感じた想いを捨て去るほうが、奈那子には苦痛だったのである。


しかし、再会した太一郎は、悪い魔女の魔法が解けたかのようで……。


着ているものが、ボロボロのジーンズとTシャツだったとしても。見た目と人格が比例しないことは、奈那子自身の経験でよく知っている。

高価な衣装を身に纏い、高い教養を身に付け――その心の内で考えることは、いかに人を陥れて自分が得をするか、それだけだ。


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