愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
奈那子とて、それが楽な生き方だと信じていたときもあった。

親に逆らう力は自分にはないのだ、と。

だが、今は違う。

笑い方すら忘れた生き方が、本当に楽なはずがない。楽しく生きるのは決して簡単ではないけれど……太一郎と一緒なら心から笑えるのだ。


そして今の太一郎は、一年前の彼より百万倍素敵だった。


「ねえ、おばあちゃん。今日は魚にしましょうか? サバのみそ煮が太一郎さん大好きだし……」

「じゃあ、生サバを一匹買って帰ろうかね。ナナちゃん、目玉が怖いって泣くんじゃないよ」

「いやだ、もう、おばあちゃんたら……太一郎さんには内緒ですよ」


ふたりが笑ったそのとき、一台の車が奈那子の横に停まった。

白石が乗って来たのと同じタイプのベンツで、奈那子は一瞬ドキッとする。だが、後部座席が開き、出て来た男は白石ではなかった。

その男は奈那子の前に立つと、眼鏡を押し上げながら言ったのだ。


「やあ、奈那子さん。僕の子供も随分大きくなったようだ。こんなになるまで言わないなんて、君も君のお父さんもひどいなぁ。さあ、君の祖父上、桐生先生に結婚のお許しをもらいに行こうじゃないか」 


奈那子は、幸福な時間に幕が下りるのを感じていた。


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