愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
奈那子はポケットから折り畳んだ紙を取り出し、ときに渡したという。

ときの手をしっかり握り、『短い間でしたがお世話になりました。太一郎さんにこれを渡して、一生に一度の夢をありがとうございました、とお伝えください』


――奈那子はそう言い残し、清二の車に乗り込んだ。


それは、太一郎が渡した婚姻届だ。ちゃんと奈那子の名前も書いてあり、捺印もしてあった。

奈那子は、太一郎と結婚するつもりだったのだ。清二さえ現れなければ……。

太一郎のことを書かれた雑誌といえば見当はつく。今年の一月に発売された、低俗な写真週刊誌だ。三流誌のため、藤原のチェックから漏れ、市場に出回ったのである。

しかも間の悪いことに、藤原の会長である皐月が倒れた時期とも重なった。

あの情報を提供したのは、ちょうどその直前に辞めたというメイドの……。


「悪いな、ばあちゃん。俺、奈那子を迎えに行って来るよ」

「場所はわかるのかい? 金持ちそうな男だったよ」

「ああ、わかる。それと……」


ときは清二の言葉で、奈那子の子供の父親が太一郎でないことを知ったはずだ。きっと訝しんでいると思い、何か言い訳をしようとした。

だが、


「人間の子は、馬や牛の種付けとは違うんだ。あんたは立派に父親になる資格がある! がんばれ、太一郎!」


ときはそう言うと太一郎の背中をバンと叩いた。

太一郎は思い切り頭を下げ、ときの家を飛び出したのだった。


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