愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(5)他山の石
「なんかヤベェことしたらしいぜ」
「客の金盗んだんだとさ」
「え? 俺は、社長の奥さんに手ェ出そうとしたって聞いたけど」
太一郎が従業員用のロッカールームを開けた瞬間、そんな声が聞こえた。
だが、これくらいのこと一々気にしていたら荷物も纏められない。太一郎はいつもどおり、愛想のない声で朝の挨拶をし、足を踏み入れたのだった。
噂話に興じる連中に、特に親切にしてもらった記憶はない。可愛げのあるタイプならともかく、二十年以上好き放題に生きてきたのだ。尊大な態度は身体に染み込んでいて、いきなり媚など売れる筈もなく……。
口を開けば「うるせぇ」と言ってしまいそうになる。
それをしないために、太一郎は無口で通すしかなかった。
「お前クビだって?」
その中のひとりが太一郎に話しかける。
二十歳になったばかりの男は、高校中退と聞いたが読み書きは小学生程度だ。それでもこの会社に入って三年目、太一郎にとっては先輩だった。
「あんなババァに手ェ出したのか? 言ってくれりゃ女くらい紹介してやったのに」
ひと言も答えない太一郎を取り囲もうとするが……。
彼らより太一郎のほうが、はるかに背も高く横幅もある。振り返るだけで彼らはあとずさりを余儀なくされた。
「短い間でしたがお世話になりました。――失礼します」
太一郎はロッカーから手早く着替えやタオルを取り出し、せっせとスポーツバッグに詰める。
そしてすぐに立ち上がり、頭を下げ……ロッカールームを出たのだった。
「客の金盗んだんだとさ」
「え? 俺は、社長の奥さんに手ェ出そうとしたって聞いたけど」
太一郎が従業員用のロッカールームを開けた瞬間、そんな声が聞こえた。
だが、これくらいのこと一々気にしていたら荷物も纏められない。太一郎はいつもどおり、愛想のない声で朝の挨拶をし、足を踏み入れたのだった。
噂話に興じる連中に、特に親切にしてもらった記憶はない。可愛げのあるタイプならともかく、二十年以上好き放題に生きてきたのだ。尊大な態度は身体に染み込んでいて、いきなり媚など売れる筈もなく……。
口を開けば「うるせぇ」と言ってしまいそうになる。
それをしないために、太一郎は無口で通すしかなかった。
「お前クビだって?」
その中のひとりが太一郎に話しかける。
二十歳になったばかりの男は、高校中退と聞いたが読み書きは小学生程度だ。それでもこの会社に入って三年目、太一郎にとっては先輩だった。
「あんなババァに手ェ出したのか? 言ってくれりゃ女くらい紹介してやったのに」
ひと言も答えない太一郎を取り囲もうとするが……。
彼らより太一郎のほうが、はるかに背も高く横幅もある。振り返るだけで彼らはあとずさりを余儀なくされた。
「短い間でしたがお世話になりました。――失礼します」
太一郎はロッカーから手早く着替えやタオルを取り出し、せっせとスポーツバッグに詰める。
そしてすぐに立ち上がり、頭を下げ……ロッカールームを出たのだった。