愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
腹の探り合いとはほど遠い、無骨だが真っ直ぐな言葉であった。

しかし――。


「聞こえんかったのか? お前は要らん。失せろ」


桐生老はそれだけ言うと、膝を立て、立ち上がろうとする。


「待ってください! 自分の話を……」

「おい、藤原の。可愛い孫娘は返してもらうぞ。嫁さんをもらって後継ぎも産まれるというときだ。いらんことはするな。わかったな」


卓巳は何も答えず、口を閉ざしたままだ。

桐生老は太一郎など歯牙にもかけず、部屋を出て行こうとする。


「ちょっと……」


太一郎が呼び止めようとしたとき、桐生老が振り返り、彼を睨んで言ったのだ。


「わしを謀(たばか)った娘婿は追い出した。泉沢もおしまいだ。わしにはもう奈那子しかおらん。奈那子の夫には、わしが桐生に相応しい男を探す。奈那子が戻らんなら――藤原を潰すぞ」


その目には、太一郎の動きを封じる力が籠もっていた。


藤原を盾に取られるのが一番痛い。

実際問題、どんな手で来るのか……太一郎には見当もつかないのだ。仮に、冤罪をでっち上げられ、卓巳が取調べを受けたりすれば相当な打撃であろう。これから子供も産まれる。そんな卓巳や万里子をこれ以上巻き込むのは……。

不意に、太一郎の胸に弱気の虫が騒ぎ始める。


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