愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
痛い所をつかれたのか、桐生老は黙り込んでしまった。

あるいは、太一郎ごときに説教されたのが面白くなかったのかもしれない。


直後、今度はとんでもないことを言い始めたのだ。


「随分、立派な口を叩くな。ならば桐生を継いで政界に入れ。貴様の言う、感謝されることに桐生の金を使ってみろ」

「悪いが、俺は“見込みのない男”だからな。これでも二十年以上、無駄に足掻いてきたんだ。自分が人の上に立つ器じゃねぇのはわかってるよ。それに、仕事はもう決まってる。奈那子が入院したときに世話になった人だから……俺は俺にできる仕事をして、家族と一緒に生きて行く。――藤原に嫌がらせなんかして、奈那子を泣かせるなよな、祖父さん」


太一郎の言葉と共に、庭の奥からししおどしの清んだ音が聞こえた。

それまで微かに聞こえていた音がこのときとばかり桐生の屋敷に響き渡る。その絶妙のタイミングで桐生老は息を呑んだ。


「では、娘婿の源次氏と、泉沢元大臣のご子息の件……後始末はお任せします」

「待て! 曾孫に男が産まれたら、桐生を継がせると約束しろ!」


卓巳の言葉に、桐生老は初めて動揺を露わにする。


「だから桐生がどうとかじゃなくて……」


太一郎が苛立ち、再び声を荒げそうになった瞬間、卓巳が彼を押さえ横から口を挟んだのだ。


「それは、男の子が産まれてからの相談といたしましょう。ですが先生――ふたりの息子さんは、そこそこ見込みがありそうですよ」


卓巳の意味深な微笑と含みのある言葉に、桐生老は表情を消した。

二百歳まで生きそうな妖怪は、無言で引き下がったのである。


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