愛を教えて ―輪廻― （第一章 奈那子編）

（37）小さな幸福

電柱の上から雀の鳴き声が降り注ぐ。黄色いランドセルカバーを付けた小学生が数人、前の道を走って行った。

九月末――今日も残暑の厳しい一日になりそうだ。

そんなことを考えながら、奈那子は大きなお腹で、ゴミ袋を手にゴミステーションまで歩く。


「ちょっと待て、奈那子。俺が持って行くって」


そんなことを言いながら、太一郎が玄関から飛び出し、あとを追いかけて来た。


「大丈夫ですよ、太一郎さん。ゴミ置き場は目の前なんですから」


微笑む奈那子の横に鉄製の低い門があり、門柱には“千早物産社員寮”の文字が。敷地内には二階建てのコーポが六棟建っている。すべて同じ間取りで二ＤＫの家族寮であった。

独身向けには別の場所にワンルームのマンションタイプが用意してあるという。

千早物産は今時珍しいほど福利厚生の手厚い企業であった。　


太一郎が入社するとき、奈那子も千早社長に挨拶をした。

奈那子の知っている企業家は金の亡者がほとんどだ。桐生に集っていた連中とは違い、とても優しそうな方でびっくりした。

妻を第二子妊娠中に亡くしたと聞き、奈那子は万里子が幼いころに母親と死別したことを知る。

そして「娘は私の命だ」と言う、千早社長のような人を父に持ちたかったと思う奈那子だった。


「無理するなよ。今日も時間どおりだからな」