愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
ドアが閉まった途端、背後で太一郎を罵る声が聞こえた。


(“藤原”の名前がなけりゃ、こんなもんだろうな)


そんなことを考えながら、太一郎は事務室の奥にある社長室に向かう。


社長の名村は還暦を過ぎているが、毎朝八時には出勤していた。学歴こそ中卒だが、人の嫌がる仕事を率先して引き受け、朝早くから夜遅くまで働き、一代で会社を大きくしたという。

そんな名村からどうして等のような息子ができたのか……不思議だ。

だが、無人の事務室を通り抜け、社長室のドアをノックしたとき、中から聞こえて来たのは予想外の声であった。


「あーオマエさ、ホントはクビにしたいんだけど……。郁美ちゃんが、見張ってたほうが安心だって言うんだよねぇ。しょうがないから、ウチで雇ってやるよ。俺らって愛し合っててさ。郁美ちゃんてば優しいから、オヤジのこと見放せないの。いい子だろ? あ、郁美ちゃんに変な真似したら、オレ、マジで怒るからね」


トップにたっぷりのレイヤーを入れ、襟足は軽く外にカールさせている。ふんわりと見せてはいるが、実のところ、かなり薄いようだ。


(二十六でこれは気の毒だな……)


社長の息子・名村等の言葉を聞きながら、太一郎はそんな感想を持っていた。

この会社で等は、とりあえず専務の役職に就いていた。とくに働いてはいないが、役職手当という名目の小遣いを社長からもらっているらしい。


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