愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
最上階フロアに静寂が戻る。

太一郎は息を吐きつつ、奈那子を振り返った。

思ったとおり、彼女は壁にもたれかかるように、座り込んだままだ。


(やっと……ここまで来たのに)


間もなく二十五歳になる太一郎と二十二歳になったばかりの奈那子。

決して子供ではないが、まだまだ一人前の大人とも言えない。

しかも、太一郎は人を気遣う仕草や優しい言葉が苦手で、奈那子は人に甘えたりねだったりすることが難しい。

そんなふたりが、自分たちの力で生きる糧を得て、ようやく新しい人生を歩き始めたのだ。


奈那子が“よい娘”になろうとした努力は、桐生の言葉で粉々に砕かれた。

深く傷ついたであろう妻に、どんな言葉をかけてやればいいのか。


奈那子をみつめたまま、太一郎はゆっくりと歩きながら考える。


そのとき――太一郎は微妙な違和感を覚えた。


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