愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(41)産声
奈那子の上半身が床に倒れ込む寸前、太一郎は彼女を抱き留めた。


「奈那子!? 奈那子っ!」


馬鹿のひとつ覚えと言われても、それ以外の言葉が出て来ないのだ。

奈那子は眉根を寄せ、歯を食い縛っている。額にはびっしりと汗が浮かび……。まるっきり意識がないのではなく、とても返事ができる状態ではないようだ。

すぐに医者を呼んで来なくては――太一郎が床に手をついた瞬間、ヌルッとした物が指先に触れた。

生温かい、真紅の液体が奈那子から流れ出ている。

陣痛より先に破水が起こるケースは太一郎も勉強した。だが、これほどの出血が起こることは想定外だ。

尋常ではない事態に、太一郎の指は震えていた。


「……奈那子……誰か、助けてくれ……だれか」


立ち上がりたいのに、腰から砕け落ちそうになる。

大声を出すつもりが、喉から空気が漏れるような声しか出てくれないのだ。


そのとき、太一郎の耳にガラスをつんざくような悲鳴が聞こえた。


声の主は雪音だった。

廊下の異変に、最初は奈那子のことを引き止めた。しかし、奈那子は桐生の声を聞き、病室から飛び出してしまった。奈那子のことは心配だが、雪音には万里子と産まれたばかりの赤ん坊を危険から遠ざける義務がある。

彼女はドアを硬く閉め、侵入者から守るつもりで身構えていた。


「奈那子さんっ! 太一郎様、どうしてこんなっ!?」

「……医者を……頼む、早く医者を」


奥から万里子がナースコールをして医者を呼ぶ声が聞こえ……。


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