愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
この日、太一郎の両親は結婚式に合わせて帰国した。

両親に美月の出生については話していない。話す機会がなかったせいもある。頑なだった尚子も、北京では穏やかな暮らしをしているという。

尚子は多くの言葉は口にせず、ただ、孫のためにとプレゼントを差し出した。

それは、赤ん坊が口に入れても構わない、柔らかいウサギのおもちゃだった。


『……ありがとう』


太一郎はその言葉を初めて母に伝える。

それは第一歩だった。


その一方で――奈那子の父はあれ以来、消息不明である。どうやら、桐生老の報復を恐れて姿を消したらしい。

そして母、美代子は娘が本当に死にかけていることを知り、慌てて帰国したのだった。


奈那子の父は地方出身の大学生だった。桐生の選挙事務所でアルバイトをしていて、結婚間もない美代子と出会う。

妊娠したとき、美代子は本当に夫の子供だと思った。ところが、予定日から二週間も遅れて奈那子は産まれ……。そのときはじめて、美代子は真実を知った。


『あの人は、わたくしに逃げようと言ってくださいました。でも、夫の子供がお腹にいるのに……あなたのために諦めた人なのに。あまりにも皮肉で……父も夫も、そしてあなたまで憎んでしまったの。本当にごめんなさい』


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