愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
~*~*~*~*~


大学構内の一番目立たない場所にある自動販売機の前に、太一郎は立っていた。ポケットから小銭を掴み出し、その中から三百円を入れてスポーツ飲料を二本買う。

後方のベンチに座る茜にチラリと視線をやり、太一郎はこっそりと溜息を吐いた。


ロードスターの中で郁美を脅しつけてから、早一週間――。

そこそこの修羅場は潜り抜けている女だが、太一郎が牙を剥くとは思ってもいなかったのだろう。車を降りた彼のあとを追って来ることはなかった。

だが、四日目には情夫の等を使い、嫌がらせをして来たのだ。

官公庁の担当に決まった太一郎が、いきなり勤務場所を変更され、このW大の清掃に回された。

半年前まで通っていた大学である。それほど真面目な生徒でなかったとはいえ、他人が四年のところを六年近く通ったのだ。顔見知りはひとりやふたりでは済まない。

郁美はそれを承知で太一郎をココに回した。


そして、今日で三日目である。

幸いここまでは誰にも会ってはいない。つるんでいた連中のほとんどが、三月には卒業しているはずだから当然かもしれないが。


「ホラ。飲めよ」


差し出されたペットボトルを、茜は恐る恐る手に取った。


「あの……何されてるんですか?」

「仕事だよ」

「藤原グループに役付きで入るって聞きましたけど……。研修とか?」


一般社員ならともかく、役付き社員の研修でトイレ掃除をやらせる会社はまずないだろう。

太一郎がベンチに腰かけようとしたとき、茜はビクッと身体を震わせた。


< 28 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop