愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
父親が亡くなったのは四年前だという。

夫婦で店をやっていたため、母親がそのまま老舗の味を継いだ。いずれ、娘か息子に引き継いでもらおう、と。それが、この春から少し変わって来たのだと茜は話す。

原因は春に採用した三十一歳の菓子職人……。


茜の母は若くに結婚して子供を産んだため、まだ三十七歳。

三人の子持ちなだけあり、見た目落ち着いた和菓子屋の女店主だが、あの郁美と年齢は大差ない。貞淑な女性であっても、心も身体も揺れるときはあるだろう。

その相手が新しい菓子職人、新田祐作(にったゆうさく)だった。


新田の姿は、太一郎も何度か見かけた。

彼は地方出身ということで、このビルの五階に住んでいる。社宅替わりだと茜の母が住まわせているらしいが……その母が度々新田宅を訪れるのが茜の悩みになっていた。

新田は、太一郎の目にはそれほど危険な男には見えない。だが、人を見る目は今ひとつ、という自覚はある。何より茜が、新田の目からかつての太一郎のような気配を感じると言うのだ。


「それにっ、今の太一郎って超安全じゃない!」

「あのなぁ」

「なんか、狂犬病の治ったセントバーナードみたいで」

「……それは褒めてんのか?」


そんな、何気ない話をしながら、太一郎は差し入れの弁当を平らげる。

茜は、元々が借金返済の直談判のため、万里子に会いに来た少女だ。なかなか踏ん切りのつかない太一郎からすれば、羨ましいほどの行動力だろう。

そんな茜に、なんのために金が必要か……話せずにいる太一郎だった。


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