愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(9)泡沫の如く
「お前、受験生じゃねぇの? 勉強はいいのかよ」

「残念でした! 大学には行かないし、就職先まで決まってるのよ! 遊び倒せる最後の夏休みなんだからね」

「じゃ、俺なんか構ってねぇで遊び倒しに行けよ」

「なんか言った? 掃除のおじさん」


昼は昼で、茜の自宅はW大から自転車で十分程度の距離にある。そのせいか、太一郎の休憩時間になると茜はさり気なく顔を出した。

太一郎と同じグループで清掃作業に回るのは四十代から五十代の主婦が中心だ。母の年齢に近い彼女らは、真面目で黙々と働く太一郎に好印象を持っていた。

そして、母子家庭で実家の手伝いをする茜のことも、同じように受け入れてくれ……。


「あら? 茜ちゃんが来たわよ。一緒にお昼食べて来なさいよ」


親切心からふたりきりにしてくれる同僚たちの誤解を解かぬまま、太一郎はひとときの甘い夢を見てしまった。


茜の行動は気紛れに決まっている。

おそらくは、言われっ放しになっている太一郎が面白いのだろう。……それでもいい。ほんのわずか、贖罪を忘れさせてくれる時間があれば、これから先も頑張ることができる。

そして、これは決して、奈那子を裏切ることではない、と。
 


だが過去は……彼を赦そうとはしなかった。



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