愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
その日、茜が叫んだひと言が引き金となる。


「ねぇ! 太一郎ってば。明日は休みなんでしょ。買い物くらい付き合ってよ!」


茜に悪気などあろうはずがない。だが、場所が悪かった。

そこは太一郎が六年近くも通った商学部の建物。「太一郎」という名前は珍しくはないが、よくある名前でもなく……。


「太一郎って……。藤原の? 藤原先輩……何してるんすか? こんなとこで」


笑いながら後輩の北脇大吾(きたわきだいご)が太一郎に声をかけたのだった。


~*~*~*~*~


まだ、同級生であればよかったかもしれない。

彼らは太一郎に群がり、甘い汁を吸った――言わば、同じ穴の狢(むじな)といえる。

“金と女”を楽に手に入れるため、彼らは悪事の片棒を担いだ。それで太一郎の罪が軽くなるわけではないが、その連中に責められる謂れはないだろう。


だが、後輩は違った。

ターゲットにする女を連れて来い、と強引に命令したときもある。

この北脇もそのひとりだ。彼の父親は藤原系列の金融会社に勤める中間管理職であった。それを知ったとき、以前の太一郎が悪用しないわけがないだろう。


『うるせぇな! お前の親父なんか、クビにすんのは簡単なんだぜ。お前を大学から追い出すのもな』


それは、北脇の憧れ続けた女性をターゲットにして弄んだあとの、太一郎の言葉だった。

その数日前、やっと係長に昇進できたと、喜ぶ父の姿が北脇の脳裏に浮かぶ。母はパートで働き、父は小遣いを削ってまで、「お前は頭がいいから」と幼稚園から私立に通わせてくれた。

W大に入学が決まったとき、両親は本当に喜んでくれた。藤原の冠を被った暴君に逆らうことは、そのすべてが無に帰(き)することになる。

北脇は唇を噛み締め、引き下がったのだった。


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