愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
太一郎の中に、卓巳に殴られたときのことが思い浮かんだ。


『万里子もそう言わなかったか? 離してくれ、助けてくれと、頼まなかったか』


あのとき、太一郎は泣きながら勘弁してくれと卓巳に縋った。


『お前は一度でも許してやったのか。そんな女を、殴り倒して、最後まで犯したんじゃないのかっ』 


おそらく、北脇は太一郎を許さないだろう。

太一郎が北脇の願いを聞かなかったように。


だが……太一郎はそのままトイレのタイルに膝をつき、腰を落とした。


「このとおり、お願いします。彼女を巻き込むのだけは……勘弁してください」


床は掃除したばかりで濡れていた。

その冷たいタイルに両手をつき、深く頭を下げる。ゴツッと額がタイルに当たった。北脇は太一郎の後頭部をスニーカーで踏みつけたのだ。


「い、いい加減にしなさいよっ! あんたおかしいんじゃないの?」


茜のほうを向くと、北脇は噛み付くように叫んだ。


「うるせぇ! お前にわかるか? 大学出たら重役として会社に入る。お前の親父の上司になるかもしれない。そしたら、一生お前は俺の奴隷だ。そんなふうに言われたときは、いよいよコイツを殺して俺も死のうかと思ったさ!」

「わかってる。全部俺のやったことだ。でも、彼女は」

「お前がやったことは、全部やり返してやる! この女もボロボロにして……」


その瞬間、太一郎は北脇の足を払った。


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