愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
~*~*~*~*~


「すみません。伊勢崎と言いますが、ここに……妻が運ばれて来たと」


小平市内の公立病院だった。総合受付で太一郎は自分の名前を名乗る。



――伊勢崎太一郎さんですか? 奈那子さんとおっしゃる女性が倒れて、救急車で運ばれました。



電話は、奈那子の携帯に添えられた緊急時の連絡先を見て、かけてきたものだった。

太一郎は慌てて私服に着替え、仕事を早退し、病院に駆けつける。


「奥様のお名前は」

「奈那子です。お腹に子供がいて、今、七ヶ月なんです」

「ああ……奥様はもう、産婦人科の病室に運ばれたみたいですね。南館の三階で聞いていただけますか?」


受付の女性は丁寧に南館までの行き方と、エレベーターの位置まで教えてくれた。



その場所は……太一郎には酷く居心地の悪い場所だ。大勢の妊婦が行き来し、赤ん坊の泣き声が聞こえる。

病院の消毒薬の匂いより、ほんのりと甘い……ミルクだろうか……赤ん坊の香りに眩暈を覚える。


彼にとって赤ん坊と言えば、水子の祟りくらいしか思いつかない。

一生、人の親になることなどありえない、と思ってきた。それが……ここはあまりに明るく、新しい命の光に魂まで浄化されそうだ。


「赤ちゃんに問題はありませんよ。ただ、お母さんが貧血なうえ栄養が足りてませんね。しかもこの暑さで……。奥様は元々、あまり丈夫じゃないのかしら?」


ちょうど診察してくれた産婦人科医がいて、たいしたことは無い、と説明してくれた。

だが、母体の健康回復に一週間程度の入院を勧められ、太一郎はすぐに了承したのだった。


< 49 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop