愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(2)悪魔の微笑
「おかえりなさぁい。伊勢崎……ううん、藤原太一郎くぅん」


甘ったるい、そして人を小馬鹿にしたような声が太一郎に耳に届いた。


築何十年か定かでない二階建てアパートの前に、ひとりの女が立つ。

緩くウェーブした茶髪、水商売の女を思わせる濃い目のメイク、マキシ丈の黒のノースリーブワンピースの上に、軽くカーディガンを羽織り、腰をくねらせている。三十過ぎて若作りにも程がある、というのが、太一郎が同僚から聞いた噂だ。

名村郁美(なむらいくみ)、宗の紹介で勤め始めた名村産業の社長夫人である。


名村産業は小平市内にある廃棄物収集業者だ。

一般廃棄物……いわゆる生ごみの収集から、資源ごみ、粗大ごみ、産業廃棄物、特定家電の収集、し尿汲み取り業務に浄化槽の清掃まで、市や都の指定業者のひとつでもあった。(注・2010年以前)

会社の規模は――従業員は臨時採用を合わせて二十人程度の有限会社で、社長は名村源太(なむらげんた)という。彼は還暦を迎えた二年前、半分の年齢のホステスを後妻にした。

社長には先妻との間に子供がふたりいる。二十代の息子と娘だが、どちらも太一郎に目には『相当なタマ』に映った。

とくに息子の等(ひとし)は酷い。

肩書きは『名村クリーンサービス』という主に官公庁や学校の掃除を請け負う会社の社長である。太一郎よりふたつ上の二十六歳――自分で起業したならたいしたものだが……。

父親のコネと金で作った会社だ。おまけに等自身は、給料を受け取る以外の仕事は何もしていないという。


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