愛を教えて ―輪廻― （第一章 奈那子編）

『野垂れ死にしそうなときは、意地を張らずに戻って来い』



卓巳はそう言ってくれた。だが、そのことを郁美に言うわけにはいかない。何としても諦めさせなければ……。

だが郁美は、太一郎が予想もしなかった台詞を口にした。


「別にいいわ。お金が入ったら美味しいけど……今の生活に困ってるわけじゃないから。あたしだって馬鹿じゃないのよ。身の程は知ってるわ。財界の有名人に喧嘩売ったって勝ち目なんてないじゃない」


郁美は実にあっけらかんと言い放つ。

それには太一郎のほうが驚きだ。てっきり太一郎を出汁に使い、卓巳から幾らかの金を引き出すのが目的とばかり思っていた。

しかし、違うとすればいったいなんの目的で……。

太一郎がそのことを考え始めたとき、郁美は彼の横に座り、ミニスカートの裾がわざと捲れるように脚を組んだ。


「あたしの言うことを聞かない男って初めてよ。“メス豚”呼ばわりしたツケはしっかり払ってもらうわ」

「俺をクビにするのか？」

「やぁだ。それじゃこの先、楽しめないじゃない。それに、いいこと聞いちゃった」


郁美の顔には悪巧みたっぷりの笑顔が浮かんでいる。それはまるで、子供が蝶の羽を生きたまま毟ろうとするときのような……。

子供と違うところは、百パーセントの悪意が詰まっている点だろう。


「ねぇ、太一郎くぅん。奥さん、パートの仕事を探してて、倒れたんですって？　健康保険も母子手帳もなしなんて、異常よね？　ひょっとして、お金……もの凄ーく困ってるんじゃない？」