愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
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郁美への返事は即答できなかった。

今の太一郎には、どこから出ていても金は金、とは思えない。まともな人生を歩むために、藤原を出て自活しようと思ったのだ。贖罪のために身を堕とすのは間違っている。

郁美に屈服し、金のためにあの女を抱いたら……今度はどんな要求をして来るかわからない。郁美は藤原の金には興味がなくなったように言っていたが、額面通りに受け取るのは危険だ。


だが、どれだけ綺麗事を言っても、金を必要としている現実は目の前にあった。


そして郁美の言ったとおり、会社はクビにはならなかった。それにW大の担当も変わらずに済んだのだ。

理由は簡単、北脇は太一郎を痛めつける上で最も効果的な手段を取った。


「あなたね。うちの茜を誑(たぶら)かしながら、高校生の娘に誘われたなんて嘘を平気でついた男は!」


ビルの夜警に出勤した太一郎を、和菓子屋『さえき』の女主人・佐伯雅美(さえきまさみ)が待ち構えていた。茜の母親である。

案の定、北脇は太一郎より茜の評判を徹底的に落とした。


茶道サークルに和菓子を配達する名目で大学構内に自由に出入りしている女子高生が、大学生に声をかけて小遣いを稼いでいる。北脇も、彼の友人も声をかけられた。

実際に、その女子高生が清掃員を誑(たら)し込み、男子トイレで事に及ぶのを目撃した。


北脇はそんなふうに通報した。

非常に迷惑しているので、排除して欲しい、と。


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