愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
「だって、以前は少しでも劣勢になると、すぐに悪ぶって大声出してたでしょう?」


万里子はクスクス笑っている。だが、図星を指され……太一郎は閉口するしかない。


「そうそう、都合が悪くなると嘘をつかないで黙り込むところ。卓巳さんにそっくりよ。卓巳さんのほうが理屈っぽいから、少し考えて言い返して来るんだけど」


可笑しそうに笑う万里子を、太一郎は不思議な気持ちでみつめていた。

以前感じていた、自分を見て欲しい。卓巳さえいなければ……。そんな制御できなくなるような感情は、どこかに消えている。



今日の付き添いは運転手だけで、ロビーで待っているという。男性に産婦人科は居心地が悪いだろう、と万里子が気を利かせたらしい。普段ならメイドの雪音が付き添いで来るのだが、彼女は今、教習所通いだそうだ。


そして別れ際、


「太一郎さん。本当に何も困ってない?」


名残を惜しむようなまなざしで万里子は見上げる。

出産に必要なものがあれば……そんなふうに言葉を続ける万里子に、太一郎の心は揺れた。


「できれば……卓巳には言わないで欲しい。それと……」


万里子なら、どうにかしてくれるかもしれない。

だが、それは……。


「太一郎さん? どうかした?」


万里子と郁美、同じ土下座するなら……太一郎は歯を食い縛ると、病院の廊下の端に座り込み、いきなり頭を下げたのだ。


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