愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
「私は君と同じ名前の人間に心当たりがある。娘の夫の従弟で、非常に粗野で凶悪な獣だそうだ。娘も結婚当初はかなり辛い思いをさせられたという。――藤原太一郎という名だが、君は知らないか?」


その口調も視線も、明らかに太一郎本人を睨みつけていた。

太一郎は息を呑むと、「……いえ。知りません」と震える声で答える。


「そうか……。万里子は何も聞かず、君に三十万円を貸してやってくれ、と言うんだが。常識的な人間なら、身元を確認するだろうな。君の勤務先を聞かせてもらおうか?」


万里子の願いは本心ではなく、この男に脅されたものではないか、と。隆太郎はそんな目で太一郎を見ていた。

“名村クリーンサービス”の名前を挙げるのは簡単だ。しかし、このことが郁美の耳に入れば……。太一郎が金を借りられないように、あることないこと隆太郎に吹き込むだろう。


そこまで考えたとき、太一郎はテーブルに額をぶつける勢いで頭を下げた。


「借用証を書きます! すぐに全部は無理ですが……もし、夜に働かせてもらえるなら、その給料は全額返済に充てます。ですからっ」

「いったい、何に使う金だね? それすらも聞かせてもらえないのか?」

「……つ、妻が……妊娠七ヶ月で……倒れて入院しました。わけがあって保険証が使えず、退院するのに纏まった金が要るんです。担保も保証人もいません。肉体労働以外は……できません。でも、何としても無事に子供を産ませてやりたいんですっ! たとえ腎臓を売ってでも返しますから、どうか」


太一郎が一息に言ったとき、不意に万里子の父が立ち上がった。そして、太一郎の腕をガシッと掴む。


「馬鹿を言うんじゃないっ! 子供は生まれたらそれで終わりじゃないんだ。一人前に育てるのに、何十年かかると思う? 少なくとも向こう二十年、君は働き続けなくてはならんのだぞ。わかっとるのかっ!?」


一瞬、叩き出されることを覚悟した太一郎だったが……。


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