愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
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九月から、太一郎は千早物産の西東京支店で働かせてもらえることになった。

冷蔵・冷凍倉庫の商品管理業務と言えば聞こえはいいが……。早く言えば、商品を倉庫からトラックに積み込む作業である。


隆太郎は妻を第二子妊娠中に失った。当時、万里子はわずか四歳。彼女が産まれるときにはたいしたトラブルもなく、そのため、隆太郎は妻の身を案じることを忘れていた。父親として、家族が増えることへの責任しか頭になかったという。


――何としても無事に子供を産ませてやりたい。 


太一郎のその言葉は、隆太郎の琴線に触れた。万里子の父は、太一郎のためではなく、母子のために力になろうと約束してくれたのだった。



そのときに現在の太一郎の収入を聞き、『妻子を養う男の収入じゃない』と憤慨し、雇ってもらえることになったのだ。


「もう、金の心配はしなくていい。大きな会社に雇ってもらえたから。しばらく伊勢崎で働くけど……その子が産まれたら、ちゃんと本名を名乗ろうと思う」


太一郎は奈那子を畳の上に下ろしながら、真面目な顔で言った。それを見て、奈那子の笑顔が急に消える。どうやら、何か勘違いしたらしい。


「そう……ですね。産まれたらもう、太一郎さんにご迷惑はおかけしませんから……わたし、子供と一緒に」

「いや、そうじゃねぇって……」


太一郎が息を吸い、一気に言葉にしようとした瞬間、彼の携帯が鳴った。大きく息を吐くと、「悪い……」軽く手を上げて窓際に寄り携帯に出る。

出たあとで、郁美かもしれない、と後悔したが――


『太一郎!? 助けて、太一郎! 助けてっ!』


携帯から聞こえたのは、緊迫した茜の声だった。


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