愛を教えて ―輪廻― (第一章 奈那子編)
(16)邪心の網
「辞めるぅ? 会社を辞めるって言ったの? アノ男からっ」
『そうそう。もういいじゃんか、郁美ちゃん。女子高生に手ェ出して、ヤバイからって逃げるのかもよ。もう、放っておいても平気だって。オレらのことも、わざわざオヤジに言いつけたりしないよ』
電話口から流れる等の軟弱な声に、郁美は怒りが沸き上がってくる。
平日の午後、六十歳をとうに回った夫はもちろん仕事だ。世間は盆休みでも、市の指定業者である名村産業に休みはない。
郁美は自営業の夫を持ったことに感謝していた。そうでなければ、昼過ぎまでのんびり寝てはいられないだろう。
足の指にトゥセパレーターを嵌め、黒にシルバーラメ入りのペディキュアを塗りながら……郁美は怒りの原因について考えていた。
太一郎はいったい、どこから入院費用を用立てたのか。進退窮まった太一郎は、ほぼ百パーセント、郁美に降参して来る予定だった。
それが『いつまで待たせる気?』と電話をした彼女に、『一生待ってろ』と太一郎は答えたのだ。
手元にある資料では、太一郎は等と大差ない放蕩息子と書かれてある。どんな女の誘いも断らないセックス好きで……しかも、睡眠薬で処女を喰い物にする要注意人物だ、と。
とても、清掃会社で真面目に働く男と同一人物とは思えない。
『ねぇ~郁美ちゃん。聞いてる?』
「聞いてるわよっ! とにかく、アノ男を辞めさせないで! なんとか言って引き止めなさい」
『無理だよ、そんなの。事務の人間が退職願いを受理したってさ。オレにはよくわかんないし……』
『そうそう。もういいじゃんか、郁美ちゃん。女子高生に手ェ出して、ヤバイからって逃げるのかもよ。もう、放っておいても平気だって。オレらのことも、わざわざオヤジに言いつけたりしないよ』
電話口から流れる等の軟弱な声に、郁美は怒りが沸き上がってくる。
平日の午後、六十歳をとうに回った夫はもちろん仕事だ。世間は盆休みでも、市の指定業者である名村産業に休みはない。
郁美は自営業の夫を持ったことに感謝していた。そうでなければ、昼過ぎまでのんびり寝てはいられないだろう。
足の指にトゥセパレーターを嵌め、黒にシルバーラメ入りのペディキュアを塗りながら……郁美は怒りの原因について考えていた。
太一郎はいったい、どこから入院費用を用立てたのか。進退窮まった太一郎は、ほぼ百パーセント、郁美に降参して来る予定だった。
それが『いつまで待たせる気?』と電話をした彼女に、『一生待ってろ』と太一郎は答えたのだ。
手元にある資料では、太一郎は等と大差ない放蕩息子と書かれてある。どんな女の誘いも断らないセックス好きで……しかも、睡眠薬で処女を喰い物にする要注意人物だ、と。
とても、清掃会社で真面目に働く男と同一人物とは思えない。
『ねぇ~郁美ちゃん。聞いてる?』
「聞いてるわよっ! とにかく、アノ男を辞めさせないで! なんとか言って引き止めなさい」
『無理だよ、そんなの。事務の人間が退職願いを受理したってさ。オレにはよくわかんないし……』